龍井茶の産地、杭州に行ってきまし…

龍井茶の産地、杭州に行ってきました。

中国随一の緑茶たる龍井茶が、どのような土、水、気候のもとでどのような品種を使い、どのような作り方をされるお茶なのか。産地の人はどのように接し、どのように味わうのか、市場の論理はどのような仕組みになっていて、どのようなお茶がよいとされているのか。最高の龍井茶はどのような味、香りがするものなのか。それを実地に見てくるのが今回の主目的でした。

今回の視察での感触を率直に言えば、「龍井茶は難しい」のひとことに尽きます。どうつくるか、どう淹れればおいしいのかはともあれ、市場構造が難しすぎる。理由は価値基準のいびつさです。

龍井茶の名産地、西湖の中でも最も良いとされる獅子峰と、梅家塢の2産地は完全にブランドとしての地位を確立しており、既に品質と価格が乖離しています。

例えば梅家塢で、明前の特に早期のものとなれば、法外といっても良い価格で取引されます。同行した現地の知人は、「買う人は飲まない。飲む人は買わない。」と言い切りましたが、どうも味や香りではない要素が、価格設定に与える影響は大変大きいようです。

獅峰龍井に至ってはそもそもなかなか市場で出会うことができません。確かに行く所に行けば獅峰龍井の文字を見ることができるのですが、梅家塢のものに比べると、出所が確かなものの割合も高くはありません。これについての先の知人の説明は、「金はいくら積んでも手に入らない。従って金は問題にならない。問題になるのは人脈です。」なるほど、確かにこれは中国の論理です。

しかし、これはお茶の本質から考えるとおかしな話です。ダージリンだって、季節ごとにどこの農園が最もよいものをつくるかなんて、前もって分かりはしません。できたお茶を飲んで初めて、そのお茶の価値が決まるのです。作り手がよい、農園がよいことはおいしいお茶であることの必要条件ですらなく、まして十分条件であるはずがありません。

ですから、産地、時期で価格が決定するのは、私から見ればリスキーなことですし、人脈を駆使して入手できるよいお茶というのも、あくまでよい産地のよい時期のお茶でしかなく、よい香りとよい味のお茶であるとは限らないという理屈になります。

ちなみにこの市場価値の決まり方は、当然輸出先では通用しないため、輸出のライセンスを持つ会社は、また違ったランク付けをします。

まあこのような状況は、見方を変えれば、味が大変に良くても獅子峰と梅家塢でなければ妥当な価格に近づくということで、味と香りを第一と考えるものにとってはそこにチャンスがあるということではあるんですけれどもね。

理屈が先行してしまいました。
素晴らしく美味しい龍井茶は確かに存在しました。
今私の手元には、大枚を払って購った梅家塢や龍塢の明前龍井がありますが、確かにこういうものを産するとなれば喉から手が出るほど欲しくなるでしょう。

あとは本当に中国茶好きなお客様の手元に、それをいかにしてお届けするか。まだいくつかの障壁はありますが、どうやらなんとかはなりそうです。

産地の息吹 > 中国・台湾 | - | -2004.05.02 Sunday