おいしさというのは、人が感じては…

おいしさというのは、人が感じてはじめて意味をもつ概念です。
ですから、客観的においしいとか、物理的においしいということはありえず、「私にとって」おいしいとか、「彼には」おいしく感じれれたというように、おいしさは誰かの主観からは逃れられません。

仲間内のある店員が紅茶をとても上手に淹れるというので、どのように淹れているのかを訊いてみたところ、次のような答えがかえってきました。

「淹れ方はマニュアルどおりです。だから、原理的には他の人が淹れたのと同じ味なはずです。ただ、おいしい紅茶を淹れたいと思いながら淹れているので、それが飲む人に伝わってよりおいしく感じるのかも知れません。」

おいしさは主観からは逃れられないという立場からすれば、これは「おいしいと錯覚させたのだ」という解釈にはなりません。その店員のしぐさとか思いによって、確かに紅茶はよりおいしくはいったのだということになります。

一方で、テイスターという立場からすれば、せっかくのおいしくするしぐさや思いといった文脈はすべて排除して、自分の舌をもって論理的に紅茶のおいしさを判断することが必要になってきます。自分の味覚という主観を基準にしながらなお、客観性(=万人にとってのおいしさ)を追及する。なんだか矛盾していますよね。

お茶を知る > お茶の豆知識 | - | -2004.02.14 Saturday